『終息点』
舞台の楽曲制作におけるアプローチ/『終息点』より
三浦康嗣氏「しあわせ学級崩壊」は、生演奏による大音量の音楽の上に、俳優がマイクを用いてセリフを乗せることを特徴とした劇団だ。従来は、主にオリジナルのEDMを楽曲として使用していたが、2021年7月に上演した『終息点』ではEDMを離れ、「時計の音」という生活音をもとに音楽、劇の制作を試みた。「時計の音」という日常音を扱った音楽的アプローチは、 舞台音楽の作曲や様々なアーティストの楽曲・リミックスを担当して活躍する三浦康嗣氏の楽曲から影響を受けている。そこで、今回は 三浦氏を 『終息点』 に招き、作品を音楽的観点から振り返る対談を行った。

僻みひなた:劇団「しあわせ学級崩壊」主宰。
三浦康嗣氏:□□□、スカイツリー合唱団主宰。イヤホンズ、『わが星』の音楽担当、音楽劇ファンファーレの音楽・演出なども手がける。
1.「日常音」を素材として構成された楽曲
僻み 三浦さんが作詞/作編曲を手掛けられました、東山奈央さんの「off」という楽曲を先日聴かせていただきまして。東山さんご自身のお部屋で収録された「日常音」を素材として構成された楽曲に、いたく感銘を受けました。ままごとさんの「わが星」における時報の音についてもそうですが、三浦さんの楽曲は本来「音楽的」でないはずの音が楽器のように鳴っていて、とても興味深く思います。その影響もあり、今回は「時計の音」をモチーフとしてトラックを作ってみよう、というところから楽曲制作を始めました。
三浦 まあ、あんまり普通やらないと思うけどね、多分。
僻み ところが実際にやってみると、そういった素材を上手いこと音楽に昇華するのが凄く難しかったんです。自分のやり方では、あくまでモチーフに留まってしまったというか。
三浦 それはでも、そうでもないような気がする。たとえば「わが星」の時報の音の場合、あれは音程が明確にあるから、楽器っぽくなるっていうだけの話で。時報の「シ」の音がずっと鳴っていて、それに合うようなコードだったりメロディだったりを付けると、リズムだけじゃなくより音楽っぽくなるっていう、それ自体は全然大したことじゃなくて。
「終息点」の場合、秒針の音が四つ打ちっぽいリズムで段々音楽っぽくなっていった訳だけど。例えば開場中に一分おきに鳴っていた鐘の音なんかだと、あれって結構メロディ的でもあるし、それに対して何かやるかやらないか、程度の話だと思う。それが必ずしも必要だった訳ではないと思うし。
僻み なるほど。
三浦 鐘の音に関して言うと、あれが結構劇画チックに鳴ってて。ホラー的な、おどろおどろしさの分かりやすい記号みたいな感じにデフォルメされている印象があったんだけど。実際、「終息点」は演技の質とかも含めて劇画チックな作品だったというか、静かで繊細っていうタイプの劇ではなかったと思うんだけど。そことは結構マッチしてると思った。
「わが星」はどちらかというと日常寄りというか、もうちょっとダラっとした世界観だったり、演技のトーンだったりがあって。そういうのに対して、たまに柔らかくほんわかしたコード進行を入れたり、逆にビートで力強くしたりの抜き差しで作るっていう。それとは全然違う性質のものだったから、そこに関しては全然いいんじゃないかなと思う。
2. 劇場に響かせる楽曲制作/『終息点』の楽曲から
三浦 音楽の観点から何か言うことがあるとすれば、キックの音色がちょっと強すぎると思ったかな。加工されてコンプバリバリの、EDMっぽい抜けのいい音なんだけど。今回みたいにビートが主体で隙間があるときだと、キックが強すぎて質感が揃ってないように聞こえる。ああいうビートものだとそういうところが気になってくるよね。
僻み 確かにそれはありますね。普段の公演だともっと全体の質感がEDMに寄っているので…
三浦 「フロムアイドル」もそういう方向性だったしね。そこでちょっと地が出ちゃってたというか、普段の楽曲と同じ感覚の基準で音を選んでたんじゃないかと。
僻み それはそうですね。今作のテーマに「停滞」というのがあって、あまりお客さんを気持ちよくさせない方向に質感を寄せていたんですが、音楽的な側面での調整が甘かったように思います。
三浦 これは稽古場あるあるというか、バンドのリハスタあるあるでもあるんだけど。稽古場と劇場での音量・音質の違いってめちゃくちゃ大きいから、稽古場で鳴らしてるとああいうパキっとした音じゃないと成り立たなくなったりする。それは劇場での鳴り方を信じるしかない部分でもあるし、例えば稽古中は俳優さんに「本番はこれくらい聞こえますよ」って伝えるために抜けやすい音に差し替えるのもアリではあるんだけど。何にせよそこの差分を想像で埋めるのは必要なわけで。演出家が、劇場での見え方を想像しながら稽古場で演技の質感を調整するのと同じ話だしね。
僻み 確かに。そのためには経験が必要なんですかね。
三浦 経験も一つだし、単純にいいスピーカーを稽古場に持ち込むのも一つだよね。まあ、そういうところなんじゃないかなと思った。俺もたまにやっちゃうし。ミックス手前で自信無くなってきて、キック差し替えたりするんだけど、そういうのって大体失敗するんだよね。だからそういう心理になるのはよく分かる。
― ― ノイズの音についても稽古中は不安そうにしてましたね。今作ではノイズが作品の主要素になるということだったので、制作部でもPRに取り入れていたんですが、劇場での音量や鳴り方をイメージするのに苦労していた印象があります。
僻み ノイズの扱いに慣れていないので、どうコントロールすればいいのかが難しかったです。
三浦 ノイズもノイズで奥が深い所だからね。アナログとデジタルのハンドメイドの違いなんて、普通分かるわけないじゃんって思うんだけど、手作り餃子じゃあるまいし。
― ― (笑)
三浦 でも分かる人には分かるんだよね。ただ、「終息点」ではノイズの音量をとにかく上げてたんだけど、その心意気はいいなと思った。そういう思い切りの良さは大事だよね。
僻み 意図としては、序盤でお客さんを少しビックリさせたかったんです。はじめの方でノイズを連発しておけば、後の方になってもいつノイズが来るか分からないので、緊張感をもって前のめりで観てもらうことができるんじゃないかと思いました。
三浦 なるほどね。それは成功してたんじゃないかと思うよ。
僻み とはいえ、お客さんにとっては不快な部類のものではあるので、作っている最中はどれだけ不快にしていいんだろうというところで迷いました。「なんでわざわざ劇場に来てくれたのに不快な思いさせなきゃいけないんだ…」みたいな…
三浦 まあ、不快のレベルとか捉え方もお客さん一人一人によって違うし。スタッフに相談しても、音響の人や照明の人、舞台監督さんによってもそれぞれ基準が違うから。ただまあ、「なんで不快な思いしなくちゃいけないんだ」って言っても、別に演劇の表現なんて気持ちのいいものばかりやればいいって訳じゃないだろ、って話でもあるよね。うるせー!ってシーンがあることによって、静かなシーンがあるっていうダイナミズムがある訳で。
ノイズってそもそも原理的に音が大きいはずで、一番うるさくて耳につく訳なんだけど。そのうるささがそのまま出てたから、良かったと思う。ああいう音が小さいとつまんねえなって思っちゃうしね。
3. 舞台音楽の作曲/劇作・演出との相互作用
僻み これは個人的に三浦さんにお伺いしたかったことなんですが、通常の音楽と舞台の音楽を作る際の一番の違いって何だと思いますか?
三浦 何だろう。模範的な回答をするなら、音楽単体と、演技とか照明とかの中での一要素としての音楽っていう違いとか、ポップスとして作るのと舞台の世界観に合わせて作るっていうのの違いとかになるんだろうけど。でも、例えば本来オペラ用に作られた音楽とか、モーツァルトでも何でもいいんだけど、今はそれを単体の音源としてみんな聴いてる、っていうことがある訳で。もうちょっと現代でもそういうことって全然あると思うんだよね。
僻み 確かにそうですね。となると、根本的には違わないような気が。。
三浦 例えば「わが星」のために作った「00:00:00」も、□□□で音源としてリリースした訳で。あれの場合は、柴くんがAbleton Liveを使えることを知ってたから、パラのデータを投げて、それを組み合わせるのもありきで脚本を書いてもらったんだよね。
僻み え、それめちゃくちゃ面白いですね…!そういう作り方だったとは。
三浦 だからああいう作品になったし、そうじゃないとああいう作品にはならなかっただろうし。そういう投げ方が「わが星」のアイデアの肝だったと思うんだよね。俺の中ではそのパラを投げるっていうのが舞台音楽の作曲の仕事だった訳で、劇作、演出の一部でもあったと思う。そういう意味でも違いはあるっちゃあるんだけど、個人的にはそれを違うって言っちゃうのもつまんないし野暮だなって思うよ。
― ― 僻みは一人で音楽を作ってそこから脚本を書いているので、外部との音楽的作用がこれまでなかったのですが、お話を聞いてそういったアプローチも試してみてもいいのでは、と思いました。外部アーティストの方を創作にお招きしてみたいです。
三浦 まあ、一人でやってると化学反応も起きないし、自分でひねり出すしかないから難しいよね。気付くことは沢山あるだろうし、勉強にはなるんじゃないかな。
僻み そうですね。どうしても煮詰まってくる部分もあるので。
三浦 でも、もしかしたら音楽を任せてみるより、脚本を任せてみた方が面白いかもしれない。先に音を渡して、それをもとに脚本を書いてもらうっていう。
僻み あ、そうなんですね。てっきり音楽を任せた方がいいのかと。もあるので。
三浦 その方がより広がるんじゃないかなと。もともと作演出、音楽をやっている人が音だけ人に作ってもらっても、ただ音がちょっと変わりましたってだけの話で。
僻み 言われてみればそうですね。脚本を任せるとそもそもの劇の構造自体が変わるでしょうし。
三浦 脚本家の人が音楽の造詣が深いかどうかはどっちでもいいと思うんだけど、深い人なら深い人なりに、「この音に対して脚本でこういうアプローチをしました」ってアイデアも出てくるだろうし。そういう化学反応が面白いんじゃないかなって気がする。
4. 楽曲の中の演劇的な仕掛け/アイデアの源泉
僻み 三浦さんの音楽作品のアイデアの豊富さといいますか、楽曲中に次々と出てくる仕掛けにはいつも驚かされるばかりなのですが、その中には演劇的な仕掛けも多くあるように思います。例えばイヤホンズさんの「あたしのなかのものがたり」では、パンの振り方であったり、ストーリー仕立ての演出が音楽でなされているような印象があります。そういったアイデアというのはどういった所から生まれるんだろう、という興味がすごくあります。
三浦 演劇に関わってるからっていうのはあると思う。例えばだけど、演劇の現場とライブの現場での音響さんと照明さんの立場の違いってあるよね。ライブだと照明はリハしてる間に適当に合わせといて、みたいになるけど、演劇だと照明のシュート中は音出さないで、みたいなことがある訳で。そういう文化の違いとかに触れてるっていうのがあるかも。どっちかのジャンルにしかいない人にはなかなか乗り越えられない所があるというか。
「わが星」の時、音楽が流れてる間に音量を上げ下げされるのが最初許せなかったんだよね。そうしないと台詞は聞こえないし、常にマックスで声張らないといけなくなっちゃうんだけど。でも音量を上下されるとBGMになっちゃうから、音楽じゃねえじゃんって思って。それは今でもそう思ってるんだけど、まあ、そういう風に考え方が違うんだな、文化の違いがあるんだな、って。アメリカでは寿司にタバスコかけるんだな、って。
僻み 許せないですね。(笑)
三浦 一応江戸前の寿司職人としてはそういうのは許せないんだけど、まあそういうのもありかなって。そうなっていった過程で、自然に演劇的な発想がポップミュージックに落とし込まれたりとかが、当たり前になっていったんじゃないかなと。異文化に最初抵抗はあったけど、一応否定はしなかったから。そこで「だから演劇はクソだ」ってなってたらそういうアイデアは出てこなかったなんじゃないかなと思う。
僻み 受け入れる姿勢が大事な訳ですね。演劇以外には、そういったアイデアの源泉になるようなものはあるんですか?
三浦 まあ、演劇が源泉になってるってつもりもないんだけどね。あんまり創作のためにインプットしなきゃって姿勢は好きじゃなくて、インとアウトを分けるって考え方自体ひもじいとも思うし。どこからアイデアが出てくるか自分でも分かんないから、作ってて面白い訳で。
僻み 確かに。その人がそれまで通ってきたものが自然と作品に現れる訳ですしね。
三浦 でも「あたしのなかのものがたり」は演劇っぽいなって自分でも思うし、同じイヤホンズの「記憶」は映画っぽいなって思う。ここ二、三年くらいはAmazon Primeのおかげで久々に映画を沢山観るようになったんだけど、「なんでカメラがここでこう動いてこう切り替わるんだろう」とか、「先に次のシーンの音が出てきて、後から映像がゆっくり変わっていくんだ」とか。そういう映画の構造みたいな所を味わったり考えたりするのが、最近好きになってて。音楽聴くよりもそういう方が楽しかったりする。
僻み 分かります。自分も演劇観たり音楽聴いたりするよりお笑いとか野球観る方が楽しいですし。
三浦 今ちょうど□□□の次作を構想中なんだけど、今メンバーがすごく多いから、群像劇にしようっていうのはずっと前から思ってて。汽葉ケイスケってメンバーがいるんだけど、それは別にアルバムの中で汽葉ケイスケとしている訳じゃなくて、山田太郎みたいな誰かの役をずっとやってる。そういう役を全員に振って、誰かが交わったり交わらなかったりっていう、群像劇にしようと思ってる。プロットと脚本を書いてるんだけど、演劇作るのとそんなに変わんないかもね。
(取材・構成=林揚羽)
【 ゲスト紹介 】三浦康嗣氏
□□□、スカイツリー合唱団主宰。作詞、作曲、編曲、プロデュース、演奏、歌唱、プログラミング、エディット、音響エンジニアリング、舞台演出等、多角的に創作に関わる総合作家。
岸田戯曲賞受賞作『わが星』の音楽担当、音楽劇ファンファーレの音楽・演出なども手がける。
様々なアーティストの楽曲・リミックスを担当し、近年ではイヤホンズ、ヒプノシスマイク等の楽曲制作にも取り組んでいる。
2021年8月、イヤホンズの新曲「はじめまして」がリリース。
Twitter: https://twitter.com/potpourrijpn